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横浜地方裁判所 昭和41年(ワ)418号 判決

原告 甲賀昭宏

被告 国

訴訟代理人 伊藤幸吉 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金五〇〇万円とこれに対する昭和四一年四月一八日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、原告訴訟代理人は、請求原因として、

(一)  原告は昭和三八年二月二八日横浜地方検察庁検察官により刑法第二一一条前段の業務上過失致死被告事件の被告人として横浜地方裁判所に起訴された。その公訴事実の要旨は、「被告人(本件原告。以下同じ)は自動車運転の業務に従事しているところ、昭和三七年一〇月二八日午後四時五〇分頃、普通乗用自動車五せ五五六三号を運転して降雨の中を横浜市神奈川区反町方面から保土ケ谷区和田町方面に向けて時速約四五キロメートルで保土ケ谷区岡沢町一六〇番地先道路上を進行中、自動車運転者に要求される前方左右注視義務を怠り不注意にも、対面進行して来る車輔等のみに気を奪われ、折から進路前方の車道中央線上に、横断のため原動機付き自転車(以下単にバイクという)に乗つて一時停車していた伊地知彰(当二九年)に約一〇メートル接近してはじめて気付き、狼狽の余り何らの措置もとりえず、自車右前部で右伊地知をバイク諸共路上に転倒させ、同人をその場で頸骨骨折により死亡するに至らしめた」というのであつた。

(二)  横浜地方裁判所第五刑事部は、右被告事件について公判審理を遂げた結果、昭和四〇年七月二六日原告に対して無罪の判決を言渡し、右判決は検察官の控訴がないまま確定した。

右判決に無罪の理由として説示されたものの要旨は、「被害者伊地知彰の死因は、乗車していたバイクに他の車輌が接触して生じた頸骨骨折にあることは死体検案書、検視調書により明らかであるが、右バイクに接触した車輌が原告の車輌であるかまたは訴外野崎郁郎の車輌であるかについては、全公判を通じて相反する二種類の証拠資料が現われている。その一つは、検視調書、実況見分調書、証人野崎郁郎(第一、二回)、同藤田勝正、同堀敏夫の各尋問調書、証人秋山真三、同伊地知昌の各証言、第一回公判期日における被告人の供述、被告人の検察官に対する昭和三八年二月五日付、司法巡査に対する同三七年一〇月二八日付各供述調書であり、その二つは、鑑定人佐々木軍治作成の鑑定書、同人の鑑定を補足する前後二回にわたる鑑定意見および証言、鑑定人大久保柔彦作成の鑑定書、同人の同鑑定を補足する証言、第二、第五回公判における被告人の供述等である。前者の証拠資料によると、被害者伊地知乗用のバイクに接触したのは被告人の車輌である旨うかがわれ、後者の資料によるとそれは事故当時偶々事故現場を原告の対向方面から進行して来た野崎郁郎運転の普通乗用車であることがうかがわれる。当裁判所は全公判審理を通じてこの相反する二種類の証拠の各価値を比較検討した結果、後者の証拠価値の方が前者の証拠価値より重いと認められるので、それによつて認められる事実が事案の真相であり、結局公訴事実の証明がないことに帰着するから、本件は刑事訴訟法第三三六条にいう犯罪の証明がないときに該当する。」というものであつた。

(三)  検察官の本件起訴は、次の理由により甚だ粗雑で不当であつた。

1 本件事故の真相

本件事故は、被害者伊地知のバイクが原告の進行方向右相鉄側から左二幸タイヤ側に向けて道路を横断中、和田町方面から反町方面に向けて普通乗用車を走行中であつた野崎が不注意にもバイクの右側を跳ね、そのためバイクはセンターラインの右寄りを反町方面から和田町方面に向けて進行していた原告の進行路上にセンターラインを越えて転倒し、原告の車輌の下敷きとなり、バイクは同車輌右側後輪にはさまれ、その後輪は回転不能となつた。そのため原告の車輌はセンターラインをやや右側に越えて進行し、野崎の車輌の右側部をわずかにかすめて進行し、野崎の車輌の直後から進行して来た訴外西山三代治の車にも衝突せず、その車輌に後続して来た三台目の自動車に衝突したが、この自動車は殆ど損傷を受けずそのまま逸走した。そしてその衝突による反動と、すでにハンドルを左に切つて制動していたため、原告の車輌はようやく前方の道路左端に停車した。

2 捜査の粗雑、不当

本件事故後直ちに原告は最寄りの警察署に通報し、保土ケ谷警察署司法巡査堀敏夫は事故現場に駆けつけ実況見分して調書を作成した。同巡査は、被害者の乗つていたバイクが原告車輌の下敷きになつていたこと、原告が突然の事故により気が転倒しバイクの位置等から考えて自己の過失による事故ではないかと懐疑し、その旨同巡査に申し述べたこと、野崎が原告の車輌がバイクを跳ねるのを見た旨述べたこと等から、本件事故は原告の過失によるものとの先入観をもつて捜査に着手し、右実況見分調書添附の図面には、原告の車輌がはじめからセンターラインをこえて進行し、また原告がその前方九・九メートルの地点にバイクが停車しているのを認識した旨それぞれ事実に反する記載をした。右実況見分当時は土砂降りで視界は暗く諸車の通行も繁しく、原告は当初から被害者のバイクは見えなかつた旨述べていたのにもかかわらず、同巡査は強引に右のように記載して右各書面を作成したもので、任意性はなく、又その後同巡査は二回原告の供述調書をとつたが、いずれも任意性がない。

右の諸点について、原告は取調べにあたつた秋山真三検事に対し、堀巡査の取調べは誤つている旨弁明したが、同検事は前記警察官作成の各書面を安易に軽信し、それを基礎として取調べを進め、右実況見分調書と添附図面を原告に示し、他に目撃者もある旨述べるなどして、原告の自白を求めることのみ急であつた。そして弁明に努める原告に対し、「君のやつたことに間違いない。よく考えておけ。」といつて約一時間も原告を検事室においたまま他出したりした。原告は同検事の右取調べにより耐え難い苦痛を受け、検事の強要を認めない限り帰宅も許されないのではないかと考え、やむなく自己の過失により本件事故が起きた旨の虚偽の自白をして、原告の検察官面前調書が作られたもので、右のような供述調書には任意性はない。

以上要するに秋山検事は拙劣ずさんな警察官作成の送致一件記録を克明に検討することもなくこれを鵜呑みにして本件起訴に至つたものである。

3 事実認定の重大な誤り

2の捜査の不十分、不当のため本件起訴事実と証拠の間には次のような明白な矛盾がある。

(1)  堀巡査作成の実況見分調書によると、原告の車輌は被害者伊地知のバイクを跳ね、続いて野崎の車輌前部に衝突した、とされている。しかし当時、原告の車輌は時速約四〇キロメートル、野崎の車輌は約三五キロメートルで走行していたのだから、右衝突が事実とすれば、野崎の車輌は大破している筈である。ところが野崎の車輌は右側前照灯のレンズが割れているのみでその枠には何ら異常が見られず、その車体には右側フエンダーの擦り傷があるに止まつている。この点からすれば、前記1のとおり野崎の車輌がバイクを跳ね、そのため被害者伊地知が前照灯に接触した際レンズが割れたものと推認するのが合理的であるというべきであるのに、同検事は右の矛盾点を何ら追求してない。

(2)  被害者伊地知の死体検案報告書等によると、被害者の身体骨折は全て身体右側の骨折であつて左側には負傷の痕跡はない。またバイクの損傷は左側がひどく右側の損傷は比較的軽い。しかして被害者伊地知は新聞配達人であつて、事故当日平常のコースに従つて配達中であつたが、岡沢町三二七番地方面には夕刊配達を終え、事故現場の原告進行方向前面道路を横断して、同町三二七番地二幸タイヤ三ツ沢出張所方面に向う途中であつたことが小又警部補作成の捜査報告書によつてもうかがわれ、被害者は野崎の車輌の前面を右側を野崎に向けて横断しようとしていた公算が大であつた。してみると、被害者は身体の右側から跳ねられ、バイクは左側を下にして倒れたことが明らかであり、前記バイクの位置からすると、野崎の車輌がバイクを跳ね被害者の身体の右側に接触し、左側に倒れたバイクが二次的に原告の車輌の下敷きになつて引きずられた可能性が証拠上一番大であつたのに同検事はこの点を追究してない。

(3)  同検事は、本件事故に関し原告と利害が対立し、しかもより疑わしい立場にある野崎の供述に全面的に信を置き、原告の弁明を一切取り上げなかつた。しかし右野崎の供述は、次のように極めてあいまいである。

(イ) バイクは野崎の車輌の約一〇〇メートル先のセンターライン上に約一〇秒間停止していた旨の供述。当時の事故現場における交通量からみて、被害者がセンターライン上に停止する筈がない。

(ロ) バイクはセンターライン上に和田町方面に向つてセンターラインと並行していた、との供述。

バイクは被害者の夕刊配達のコースから考えて前記(2) のとおり二幸タイヤの方向に向う公算が大である。

(ハ) 原告の車輌がバイクを跳ねるのを目撃した旨の供述。

右の供述は、原告の刑事公判においては「原告の車輌は見なかつた」と変つたことでも明らかなように極めてあいまいであつて信用できない。

(ニ) 野崎の車輌は事故の瞬間左にハンドルを切つて衝突を避けた、との供述。

野崎の車輌に後続していた訴外西山三代治は、野崎の車輌事は故当時バイクの左側には避けず真進していた旨供述するが、同検事は右西山を慎重に取調べていない。

以上の如く、野崎は本件事故の唯一の目撃者と自称してはいるが、実質は原告と利害の対立する被疑者の立場にあり、その供述は、原告に罪責を転嫁するため殊更に事実を歪曲しているものであるが、警察官、検察官は本来被疑者として調べられるべき野崎の供述を一方的に信用する余り、原告の弁明を一切信用せず、本件事故の真相を科学的に検討することなく本件起訴をなしている。

(4)  同検事は死亡事故であり示談も済んでいない本件事故につき、原告から略式手続の同意をとり略式によつて処理しようとした形跡がある。これは前述のように同検事が本件起訴について自信がなかつた証拠である。

4 結局以上のような矛盾点があり、起訴時において検察官が原告の弁解を誠実に検討した上捜査を尽していたならば、合理的に判断して有罪の可能性が十分であるとは認定しえなかつたのであり、それを誤り怠つて、有罪の可能性が十分と軽々しく判断してなされた本件起訴行為は、違法な職務の執行である。

(四)  精神的損害

原告は、父勲、母富美子の次男として生れ、兄と弟妹二人の家族の中で育ち、昭和三三年県立工業高校を卒業してからは誠実な会社員として勤務し、これまで刑事上の問題を起したこともなく平隠に生活して来たが、本件刑事事件によつて著しい精神的損害を受けた。

原告は、本件事故のため警察官、検察官より数回の取調べを受け、良心にもとづいて自己に過失がない旨主張したが、何ら考慮することなく起訴され、心痛の余り夜も眠られず、会社勤務にも耐えられなくなり、昭和三八年一月二〇日それまで勤務して来たミカド電気工業株式会社を退社するに至り、その後気を取り直して同年七月二二日他の会社に就職はしたものの、前記無罪判決を受けるまで満二年九カ月余り物心両面にわたり甚大な損害を受けその精神的損害額は金五〇〇万円と認められる。

(五)  以上の次第であるから原告は、国家賠償法第一条第一項により被告に対して金五〇〇万円とこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四一年四月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告指定代理人は、答弁として、

請求原因(一)(二)の事実は認めるが、その余の事実はすべて争うと述べ、

被告の主張として次のとおり述べた。

(一)  本件交通事故につき原告を起訴するに至つた経過は左のとおりである

(1)  本件事故は、見通しの悪い薄暮雨中に交通頻繁な道路上で、時速約四五キロメートルで走行中の原告車輌と時速約四〇キロメートルで走行していた野崎の車輌が擦れ違つた際に、傍のバイク搭乗者について瞬間的に起きた極めて複雑な交通事故であつた。事故発生の届出と同時に所轄保土ケ谷警察署警察官堀敏夫は事故現場を見分し、原告立会いの上で実況見分調書を作成するとともに、原告及び野崎の取調べをした。原告は、自己が前方注視義務を尽さなかつたことが事故の原因であること、遺族には出来るだけのことをしたい旨供述し(昭和三七年一〇月二八日付司法巡査に対する供述調書)、野崎は「事故現場に来たとき前方一〇〇メートル位先に車に跨つて停車していたように思いますが単車がありました。私は十分注意して単車から一メートル位余裕をもつて通過する積りで進行し、単車とすれ違う直前瞬間的に二、三メートル前に来たとき黒いものが目の前に来たので反射的にハンドルを左に切つた瞬間右横で私の車に衝突したようなシヨツクと音がしました。私は停車中の単車に衝突したのではないことは確信をもつていえます……」(昭和三七年一〇月二七日司法警察員に対する供述調書)と供述し、原告の車輌に衝突したバイクが反射的に野崎の車輌にはね返つて来たと認めるべき状況が一応明らかとなり、他に明確な目撃者もなかつた。そこで警察官は昭和三七年一二月四日一件記録とともに原告を在宅のまま業務上過失致死被疑事件として横浜地方検察庁に送致した。

(2)  右送致を受けた同地検の検事秋山真三は、昭和三八年二月五日原告を在宅のまま取調べたところ、原告は警察官に対すると大略同旨の供述をし、野崎も同年二月一二日警察官に対すると同様に原告の供述に照応する供述をした。右の事情と、原告が事故直後被害者の兄に対し、涙を流し自己の過失を謝つていた事情ならびに死体検案報告書中被害者伊地知の傷害の部位、程度、実況見分調書添附の原告、野崎の各車輌、バイクのそれぞれの破壊状況の写真を検討した結果、前記原告および野崎の各供述に略々照応する破損状況が認められたので、同年二月二八日検察官は原告を業務上過失致死罪の嫌疑ありとして横浜地方裁判所に公判請求した。

(3)  右の捜査経過より認められるように、本件は当初より身柄不拘束の儘捜査が進められ、手続面において違法不当の点はなく、自供調書についても強制その他任意性を疑わせる事情は存在しなかつた。本件処理に関し主任検察官は、前記原告の自白ならびに証拠関係を慎重に検討したうえ上司の決裁を受けて起訴したもので、本件証拠の価値判断と起訴を決定するについて、一般的な経験則ないしは条理に反する措置をとつたことはない。

(二)  公訴提起に必要な犯罪の嫌疑の程度について

検察官が起訴、不起訴の決定をするについては、捜査の性質上時間的物理的制約があり、検察官はそれまでに必要な限り収集しえた証拠資料を綜合的に判断して、公判審理の上で有罪判決を受けうる見込みがあるか否かを判断し、その結果、右の見込みがあるとの合理的心証に達すれば、起訴猶予にすべき特段の事情が存在しない限り、それに基づいて公訴を提起すべき職責を有する。

その結果、起訴後公判審理において新たな主張ないし証拠が被告人から提出されたり、裁判官が証拠に基づいて検察官と異なる事実認定をする等のことから無罪判決がなされることがあつたとしても、かかる結果は刑事訴訟の構造に起因するものであつて、無罪判決がなされた故をもつて、その起訴が前述のような判断に基づいてなされたものである以上、それが遡つて違法となるものではない。

したがつて起訴した事件が無罪判決に終つた場合、その起訴が違法となるか否かは、起訴の基となつた資料と裁判の基礎となつた資料との異同を考えると共に、起訴時における証拠判断の仕方においてそれが相当の合理性を有しているか否か、それとも経験則の解釈適用の許容範囲を逸脱し、論理法則に背反しているかが検討されるべきである。

(三)  本件起訴について検察官には過失はない。

(1)  本件が警察から送致された際その一件記録中には、実況見分調書、死体検案報告書、西山三代治の昭和三七年一〇月二八日付供述調書、野崎郁郎の同年同日付、同年一一月三日付各供述調書、原告の同年一〇月二八日付同年一一月三日付各供述調書およびその他の捜査記録が添附されていた。捜査担当の秋山検事は、参考人野崎および原告を取調べたうえ、さらに他の証拠を検討した結果、前記(一)(2) の判断の過程を経て原告の犯罪の嫌疑が十分であり、公判審理の上で有罪判決を受けうる見込がある、と判断して公訴を提起したものである。

(2)  野崎郁郎の供述は信頼できる。

野崎の供述は原告の起訴の重要な基礎となつたが、それに信を置いた検察官の判断は合理性をもつている。すなわち、同人の警察、検察庁、裁判所における供述および原告の無罪確定後に被疑者として同人を検察庁で取調べた際の供述(昭和四〇年六月一二日付、同年一〇月一日付、同月二〇日、二一日付の各検面調書)も、些細な点を除いては一貫しており、同人が自己の罪責を免れんため殊更に事実を歪曲し、その責任を原告に転嫁しようとしたものではない。

(3)  原告の車輌がバイクを跳ね更に野崎の車に衝突したことと、右野崎の車輌の損傷が軽微であることとは必ずしも矛盾しない。物体の衝突により何処にどのような損傷が生ずるかは、速度方向等諸種の条件により差異を生じるものである。

(4)  原告は、実況見分調書中のバイクの方向と小又警部補作成の報告書に基づくバイクの方向とが矛盾すると主張するが、右報告書は当日の夕刊の未済状況を報告しているだけで、本件事故現場路上におけるバイクの方向、停止していたか否かを報告しているものではないから、一概に矛盾しているとはいえない。

(5)  原告車輌の下敷きになつていたバイクは、保土ケ谷警察署警察官高橋正勝が引き出したが、それは右側を下にして敷かれていたことが明らかであり、左側を下にしていた旨の原告の主張は事実に反する。

(6)  実況見分調書添附図面中の原告の車輌の位置については、単に図面上センターラインからはみ出た形になつただけで、同調書本文中には「中央線寄りを走つていた」と明示されていることが明らかであり、原告が九・九メートル先の道路上にバイクを認識したとの点も、事故当時約二〇〇メートル前方の見通しが可能であつたから十分可能なことであつた。

(7)  秋山検事の取調べに対して原告は、堀巡査の取調べが誤りである旨弁解したことはない。同検事は原告に対し実況見分調書は示したが、目撃者がいるといつて自白を強要したことはない。同検事は、原告がバイクを発見したのは一〇メートル位前方である旨述べたので、より遠方で発見したのではないかと不審に思い、この点を取調べていたところ、上司から別件の打合わせに呼ばれ、原告と検察事務官を検事室に残して席を外したが、このことが原告に耐え難い苦痛を与えたことにはならないし、これにより原告が事実に反する自白をするとも考えられない。

(8)  原告は第一回公判期日においても自白し、起訴事実を裏付ける種々の証拠もあつたが、他方、公判中に佐々木軍治、大久保柔彦作成の鑑定書が提出され、裁判所は後者に重点を置いて無罪判決をしたものであるが、右の判決自体、結局証拠の重要性の判断の結果導き出された一つの結論であつて、これにより起訴そのものが違法になるのではない。

以上(1) ないし(8) の諸事情からみても、本件起訴は何ら不当なものではなく検察官には何らの過失もない。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、原告が昭和三八年二月二八日横浜地方検察庁検察官より原告主張の公訴事実をもつて刑法第二一一条前段の業務上過失致死罪に該当するとして横浜地方裁判所に起訴され、同裁判所第五刑事部は公判審理を遂げた上、昭和四〇年七月二六日犯罪事実の証明がないとして原告に対し、原告主張の内容の無罪判決を言渡し、控訴期間満了により右判決が確定したこと、右判決の内容は刑事公判審理において、バイクに最初に衝突したのが原告車輌であると窺われる証拠資料と野崎の車輌である旨窺われる証拠資料と二系列の証拠が提出されたが、審理を担当した裁判官は右二系列の証拠資料の証明力を比較検討した上、結局野崎の車輌が最初に衝突したものと窺わせる証拠資料に、より多くの証拠価値を認め、原告に対する公訴事実については厳格な証明がないものとして無罪の判決を言渡したものであることは、当事者間に争いがない。

二、〈証拠省略〉を綜合すると、昭和三七年一〇月二八日本件事故直後原告を被疑者として捜査が開始され、即日原告を立会人とする実況見分調書、原告、野崎郁郎、西山三代治の司法警察員に対する各供述調書死体検案報告書および検視調書が、翌二九日には被害者伊地知彰が事故直前にした新聞配達に関する捜査報告書が、同年一一月三日に原告および右野崎の司法警察員に対する各供述調書が再度作成されたうえ、同年一二月四日には原告を被疑者とする業務上過失致死被疑事件が右各調書その他の証拠とともに所轄保土ケ谷警察署から横浜地方検察庁に送致され、担当検察官秋山真三は右送致一件記録を検討し、原告および野崎を再度取調べた結果、本件事故は原告の過失に起因するとの認定に達し、禁銅刑相当との判断の下に上司の決裁を得た上、右公訴提起に至つたことが明らかである。

三、原告は、本件起訴は、その前提となる捜査が不十分で手続自体にも不当な点があり、そのため誤つて無実の原告を起訴した違法なものである旨主張する。

ところで検察官の公訴提起行為が国家賠償法第一条第一項にいわゆる「公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて」した行為に当ることはいうまでもない。

しかし一般的にいつて、検察官が犯罪捜査を遂げて犯罪事実を認定するについて、その捜査に欠陥があり、あるいはその事実認定を誤り、結果的には無実の者について公訴を提起したため、裁判所によつて無罪の判決が宣告され確定したとしても、直ちに当該検察官の公訴提起が違法な職務執行であり、検察官に故意過失があつたとすることはできない。公訴権の行使は検察官の専権に属してはいるが、刑事訴訟の動的発展的性格に鑑み、起訴時と判決時においては証拠資料の量と質において差異があるのは通常のことであり、しかも有罪判決を起訴の各段階において要求される心証の程度には差があつて当然であり、起訴時に有罪判決を受けうる合理的な可能性が存在した限り当該起訴は適法であるといわなければならない。右にいう有罪判決を受けうる合理的な可能性とは、犯罪の嫌疑が十分であつて有罪判決が通常期待されうる可能性を意味するのであつて、単なる犯罪事実が存在する可能性ではない。この際要求される心証の程度は、刑事訴訟法第二一〇条にいう緊急逮捕の要件としての「罪を犯したと疑うに足りる充分な理由」あるいは同法第六〇条にいう勾留の要件としての「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」より高度な可能性を要求はするが、判決に際してそのときの証拠資料に基づいて要求される合理的な疑いを容れない迄の確実性を要求するものではない。

従つて、検察官は、起訴時における証拠資料とその後出現が予想される証拠資料により有罪判決を受けうる合理的な可能性がある場合にのみ起訴すべき職務上の義務を負い、この可能性のない事件につき、証拠の評価、経験則の適用を誤つて、自由心証の範囲を逸脱し、もしくは当然なすべき捜査を尽さずして事実の認定を誤まり公訴が提起された場合には、検察官に少なくとも過失があるというべきであり、かかる起訴は違法というべきである。

四、そこで右基準に従い、原告の各主張につき判断をする。

1  粗雑、不当な捜査をもとに起訴したとの主張について。

原告は、実況見分調書の指示説明部分中、原告が九・九メートル手前でバイクを発見した旨の記載は強引になされ、又その後の司法巡査堀に対する原告の二回に亘る供述も任意性がなく、検察官秋山の原告に対する取調べは自白を求めるに急でありかつ同官は一時間も原告を検事室に放置し耐え難い苦痛を同人に与えて虚偽の自白をなさしめたもので、かかる諸調書を同官は鵜呑みにして起訴した旨主張するが、これに沿う原告本人の供述は次に挙げる諸証拠と対比して措信しない。すなわち、むしろ、〈証拠省略〉を綜合すると、原告は昭和三七年一〇月二八日本件事故直後最より警察に電話連絡し、現場に到着した警察官に自ら加害者である旨告げ、投光機を用いた実況見分に立会い、被害者の発見点を指示し、即日司法巡査堀敏夫に対し、脇見をしていたため突然約一〇メートル先方に停止中のバイクを発見したが、かわすまもなく自車の車体右前部で跳ねてしまい申訳なく遺族に詑びたい旨短時間のうちに供述し、同年一一月三日に再び同巡査に原告車の年数および衝突前のバイクの位置関係につき供述した上、翌昭和三八年二月五日検察官に対しても右各供述と同旨の供述をしていること、右各供述はいずれも原告が任意出頭してなしたものであり、自己の過失を認める点で一貫していることが認められるうえ、〈証拠省略〉によれば第一回公判においても右衝突の点については自白していることが認められ、右認定事実に照らして原告の捜査段階における各供述には任意性があるものと認めるのが相当である。もつとも原告本人の供述によれば、検察官は原告を取調べている最中に、一時間近く他出してその間原告を検事室に放置したことがうかがわれるが、この事情も右自白の経緯を考え合わせると、否認し、弁明している原告に不当な圧迫を加えて自白させたものとは認め難い。

2  次いで原告は、検察官はバイクの衝突時の位置および損傷ならびに被害者の傷害の部位に関する証拠の評価を誤まり、更にあいまいな野崎の供述を一方的に信用したため、事実認定を誤まつた過失がある旨主張するので、この点につき判断する。

(1)  原告は、本件起訴は、実況見分調書中の、原告車がはじめから中央線を越えて進行していた旨の誤つた記載および原告がバイクを約九・九メートル先に認めた旨の誤つた記載を前提にしている旨主張するが、実況見分調書によれば、右は原告の指示説明に過ぎず、かかる指示説明白体は、実況見分内容に対しては単にその動機に外ならず、それ自体刑訴法上証拠能力を有しないばかりでなく、〈証拠省略〉によれば、原告自身、事故当日警察官に対し、「中央線一杯一杯の附近を運転して来た」旨、また検察官に対しても「センターラインから五〇センチ位離れたところ」を走行した旨各供述し、検察官においても原告車が中央線を越えて進行していたとは認定していないこと、バイクを原告が認めた地点についても、原告自身事故当日警察官に対し「停車しているのを約一〇メートル手前で発見」した旨、検察官に対しても「前方約一〇メートル位のセンターラインのところに……見えた」旨一貫して述べ、検察官もその旨認定したことが認められ、検察官のかかる認定に不合理な点を発見することはできない。

更に原告は、右実況見分調書には、原告車はバイクを跳ねた後野崎車に衝突した旨の記載があるが、もし右衝突が事実なら、野崎車は大破している筈であるのに検察官はこの矛盾を解明していない旨主張するが、〈証拠省略〉によれば、同人も原告車が野崎車に直接衝突したとは認めていなかつた事実が後述のとおり認められるのであり、又被害者が野崎車の前照灯に接触したこと自体については、検察官の認定も原告と異ることのないことは後述のとおりである。

(2)  原告は又、新聞配達人である被害者は、配達の通常のコースに従い野崎車の前面を同車から見て左から右に、即ち相模鉄道三ツ沢営業所側から二幸タイヤ三ツ沢出張所方向に現場路上を横断しつつあつたうえ、被害者の負傷が身体右側に集中し、かつバイクの損傷は右側より左側がより大きいから、検察官は被害者が先ず身体の右側から跳ねられその搭乗していたバイクは左側を下に倒れた、即ち野崎の車が先ず被害者に衝突した旨認定すべきを、誤まつて原告が先ず衝突したと認定した過失があると主張する。

確かに、〈証拠省略〉によれば、被害者は原告主張の方向に現場路上を横断しつつあつたことが窺われ、〈証拠省略〉によれば、被害者の負傷は身体の右側に集中していることが認められ、〈証拠省略〉によればバイクの損傷は左側に多少大きいことが認められる。然し乍ら、〈証拠省略〉をより詳細に検討すると、被害者の右側の負傷は右側頭骨骨折、右第六、第七肋骨骨折、右腰部擦過傷と身体下部ほど程度が軽く、被害者がバイクに搭乗中、右側から衝突されたとすれば重い負傷を受くべき足部には何ら負傷もなく、腰部に単なる擦過傷を負つたにすぎぬ事実が認められ、〈証拠省略〉を綜合すると、バイクは原告車の下敷となり、約三〇メートル引き摺られたことが認められるから、バイクの左右損傷の程度から直ちに衝突の方向まで判断することは出来ないばかりでなく、後記のとおり検察官も被害者は二幸タイヤ三ツ沢営業所方向に路上を横断しようとしていた旨認定しており、更に、理由二掲示の各証拠および〈証拠省略〉を綜合すると、検察官が原告に前方不注視の過失ありとして公訴を提起する際同官が認定した事故の経緯および心証は次のとおりであつたことが認められ、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

即ち、検察官は、前記認定のように被疑者原告の供述が、警察、検察庁を通じて、原告は中央線内側一ぱいを走行中突然約一〇メートル先にバイクを発見したが何の処置も取れぬまま衝突した旨一貫していること、唯一の目撃者としての野崎も同じく一貫して、対向車が接近すると同時にガチヤンと金属音がし黒い物が前方に飛び込んで来たのであり、最初に衝突したのは自分ではない旨供述していたことから、先ず原告車がバイクに衝突した旨仮に認定し、次いでその認定と情況証拠との比較検討に入り、

(イ) バイクの位置について--捜査報告書記載の新聞の配達状況、原告、野崎の各供述する現場路上の交通の幅輳の状況を綜合し、バイクは野崎の前方を左から右に、即ち二幸タイヤ三ツ沢営業所方面に横断する途中であつたこと、実況見分調書には被害者は衝突点と考えられる位置の原告車進行方向より右前方に倒れており、野崎は被害者がその機首を野崎に向けていた旨供述し、かつ同人は一〇〇メートル位手前からバイクが中央線に平行して停止しているのを見た旨一貫して供述していたこと等の諸点から、バイクは原告車から見て中央線上に左斜めに停車し、時速四五キロメートルで進行して来た原告車の通過を待機するため衝突直前そのハンドルを右に切つて原告車を避けようとしていた旨認定し、

(ロ) 被害者の傷害について--野崎は一貫して何か黒いものがその車体右前部に衝突した旨供述し実況見分調書によれば、同車の右前部には前照灯のガラスが割れた他損傷は認められず、死体検案報告書等により被害者は頸骨骨折の外、その右上半身に各種骨折が認められること等の諸点から、被害者は原告車の衝突による衝撃でその進行方向右前方にバイクから跳ね出され、野崎車のヘツドライトにその右腰部を接触した後その体の右側から路上に落下した旨認定し、

(ハ) 各車輌の損傷状況につき--原告は原告車体は古くかつ脆くなつている旨供述し、実況見分調書によれば、原告車の右前照灯部分が凹み、右フエンダー部分が切れている一方、バイクの後部荷台が大きく壊れており、その長さ約四〇センチメートルのハンドルの左グリツプ端には野崎車の塗料が附着しており、他方野崎車の右側面地上高さ約四〇センチメートルの位置に三カ所擦過痕があることが認められることから、原告車の右前部がバイクの後部に衝突し、バイクはその右側を下に横倒しになり、原告車前輪と後輪の間に下敷になり、ハンドル部分を原告車右側面から突き出した儘曳摺られ、ハンドルのグリツプ先端が野崎車の車体右側面を擦過したものである旨認定した事実が認められる。

しかして当裁判所は、検察官の右各証拠評価が必ずしも不当であつたものとは思料し難く、検察官の右認定が合理的な自由心証の範囲を逸脱しているとも認めないものである。

〈証拠省略〉によれば、野崎郁郎もその後、本件事故につき業務上過失致死被告事件の被告人として横浜地方裁判所に起訴されたが、昭和四三年九月一七日無罪判決の言渡を受けたことが認められ、これが確定したことは原告の争わないところであつて、この点からしても、原告の右主張が当を得ていないものであることが窺われる。)

(3)  更に原告は、検察官は、本件事故につき原告と利害が対立しむしろ疑わしい立場にある野崎の供述を一方的に信用し、その供述中には、「バイクを約一〇〇メートル先方に認めた。」「バイクはセンターラインに平行して停止していた。」「原告車輌がバイクを跳ねるのを見た。」「事故の瞬間野崎は左ハンドルを切つた。」等、他の証拠に照らし不自然もしくは矛盾する供述がある点を追究検討しておらず、略式手続の同意を得たのは検察官に自信がなかつたためである旨主張する。

しかし乍ら、前記認定のとおり野崎の警察および検察庁における各供述は、大略原告の供述に符合しているのみならず、他の状況証拠とも矛盾しておらず、バイクが中央線に平行し停止していたのを一〇〇メートル手前で認めた旨の供述も、被害者が時速約四五キロメートルで中央線寄りを直進して来る原告車を待避していたという観点からすれば不自然であるとも言い切れず、又前記認定の如く原告車が跳ねるのを見た旨の供述は検察官の心証形成に左程の重点が置かれておらず、更に野崎の直後を走つていた西山三代治は「前方においてガラガラと大きな音がしたと思います時に前の乗用車が左にハンドルを切りながら急ブレーキを掛けた」旨供述しており、野崎が事故の瞬間左ハンドルを切つたとの供述は信用できぬとはいえない。〈証拠省略〉によれば、略式命令の同意は、上司決裁官との意見の調整のため、起訴事件が禁鋼刑相当であることが明らかな場合以外は便宜上とつておくのが慣例であると認められ、従つてこの点に関する原告の主張も採用し難い。

五、以上、本件の捜査過程には原告主張の如き違法な誘導、強制は認められず、検察官の前記事実認定およびその過程には原告の主張の如き証拠の評価、経験則の適用につき自由心証の範囲を逸脱し、あるいは当然なすべき捜査を怠つた如き過失は存在しなかつたという他ない。

そうすると、本件公訴提起は違法とはいい難く、原告の本訴請求は畢竟失当として棄却するの外なく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 立岡安正 新田圭一 島内乗統)

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